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2021.11.29
はじめに
船橋整形外科病院では毎年約5000件の手術を行っています。それらの手術が安全に行えるように、当院では10人の常勤麻酔科専門医と複数の非常勤麻酔科専門医が麻酔を担当しています。今回のコラムでは、一般にあまり知られていない麻酔についてお話していきたいと思います。また、当院での麻酔の特徴についても取り上げていきます。
日本麻酔科学会が行う筆記試験・口頭試験・実技審査に合格し、麻酔関連の臨床研究に関する十分な知識と技量を有することを認定された麻酔科関連業務に専従する医師のことを指します。
麻酔は痛みを感じなくさせ、手術のストレスから患者さんの体を守ることを目的としています。手術中に意識がない全身麻酔と、意識がある局所麻酔の2種類があります。
特に全身麻酔は、呼吸が弱くなるため、人工的に呼吸を補助することが必要になりますので、強い不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
そこで、全身麻酔のしくみや実際の手術の流れ、麻酔の合併症、また当院麻酔科の特徴をご説明いたします。
最後に、患者さんからよくある質問にお答えします。
全身麻酔は、手術中は完全に眠っている状態なのですが、実は3つの要素から成り立っています。その3要素は、鎮静、鎮痛、筋弛緩で、それぞれを満たすために、下記のような複数の麻酔薬を組み合わせます。
鎮静:意識・手術中の記憶がないことです。
鎮静を目的とする薬剤は、静脈麻酔薬と吸入麻酔薬に分類されます。
静脈麻酔薬は、点滴から注入する薬剤です。主にプロポフォールを使用します。
吸入麻酔薬は、点滴からではなく、口に当てたマスクから眠くなるガスを吸ってもらいます。これを吸うことにより、1~2分程度の間に完全に眠ってしまいます。当院では、セボフルラン、デスフルラン、亜酸化窒素の3種類の吸入麻酔薬を使用しています。
患者さんの既往歴や術式に合わせて、担当麻酔科医が最適な麻酔薬を選択しています。
鎮痛:手術による痛みを感じなくします。
手術中に鎮痛を担う薬剤は麻薬と局所麻酔薬になります。
麻薬と聞くと悪いイメージをお持ちかもしれませんが、全身麻酔に使用する麻薬は医療用に製造されたものです。決して中毒になることはありませんのでご安心ください。
主に、フェンタニルとレミフェンタニルを使用しています。
神経の走行に沿って局所麻酔薬(リドカイン、ロピバカイン)を注入し、その領域の痛みをとる方法が末梢神経ブロックです。末梢神経ブロックのみでも短時間の手術を行うことはできますが、通常は全身麻酔と併用して手術後の痛み止めに利用します。
筋弛緩:手術中に体に力が入ったり、動いたりすることによって手術操作に悪影響が出る可能性があります。そこで、体動がない状態にすることを筋弛緩といいます。
ロクロニウムを投与すると、筋肉を収縮させる伝達物質を阻害し、筋弛緩を得ることができます。また、ロクロニウムに対し、その拮抗薬であるスガマデクスを投与することで、手術終了時に速やかに筋弛緩を戻すことができます。
ここからは、術前の注意点、手術当日の流れをご説明します。
全身麻酔前の患者さんに気をつけていただきたいことがあります。
・絶食、絶水
胃の中に食べ物や飲み物が入っていると、麻酔時に吐いてしまって、気管の中に入ることがあります。このようなとき、重い肺炎を起こして、命を落とす危険性があります。手術の前は指示された時間までの飲食にし、手術前に誤って食べたり、飲んだりしないように注意してください。なお、指示を守っていただけなかった場合、手術を延期することもございます。
・ジェルネイルやマニキュア
爪にジェルネイルやマニキュアが塗られている場合、指に装着するパルスオキシメーターで血中酸素飽和度(血液中に含まれている酸素量)を測定することができなくなり、安全に全身麻酔を行うことが難しくなります。手術前には、あらかじめジェルネイルやマニキュアを除去していただくようお願いいたします。
・コンタクトレンズ
コンタクトレンズは、手術中に角膜損傷を起こす可能性があるので、手術室入室前に必ず外してきてください。
・つけまつ毛・まつげエクステ
つけまつげ・まつげエクステもお控えください。全身麻酔中は目の乾燥を防ぐためテープを貼って、まぶたを閉じるようにしています。 その際、つけまつ毛やまつげエクステで目を傷つける可能性があります。
・外せる歯(入れ歯・ブリッジなど)
外せる歯である、入れ歯やブリッジなどは外してきてください。全身麻酔中は人工呼吸が必要になります。そのために、口から酸素の通り道となるチューブを挿入する(気管挿管といいます)のですが、入れ歯やブリッジが入ったままだとそれが脱落して気道を閉塞する可能性があります。同様に、グラグラする歯や外れやすくなっている歯の被せものも、脱落すると非常に危険ですので、術前に麻酔科医もしくは看護師に必ずお伝えください。
・髭(ひげ)の剃毛
気管挿管したチューブは、口の周囲にテープを巻いて固定しています。口の周りに髭が伸びていますと、十分な固定を得られず、予期せずチューブが抜けてしまう危険性が高くなります。安全のため、術前には髭の処理(剃毛)をお願いいたします。
・喫煙
手術が決まったらすぐに禁煙をお願いします。喫煙をしていると手術後に咳や痰が多くなり、肺炎を起こしやすくなることが分かっています。
手術室の入り口で手術室看護師が患者さんの本人確認をします。これは、手術部位の間違い防止や患者取り違え事故防止のため非常に重要ですのでご協力をお願いいたします。
手術室に入り、手術ベッドに移動した後、全身麻酔に必要な装置(モニター)を体につけさせていただきます。
まず、口にマスクを当てて、酸素を吸っていただきます。気持ちをゆったりとさせてゆっくり呼吸をして下さい。意識をなくすためのお薬(静脈麻酔薬)を点滴に入れると、いつのまにか眠ってしまいます。
なお、点滴が難しい場合や、小さなお子様では、マスクから吸入麻酔薬を吸って眠った後に点滴を入れることがあります。
眠っていただいた後は、鎮痛薬、筋弛緩薬を使用し、人工呼吸用のチューブを口から入れさせていただきます。このときの記憶は全くありませんのでご安心ください。
また、手術時間が長い場合や予測出血量などによって、尿道カテーテルを挿入させていただくことがあります。
全身麻酔中は、担当麻酔科医が患者さんの状態と手術の進行状況を見ながら、麻酔の深さや人工呼吸の条件を適切に調節して、最適な麻酔状態を保ちます。
また、麻酔科医は麻酔薬の管理だけではなく患者さんの体がベッドから落ちそうになっていないか、体温が低下していないかなど、随時手術室のスタッフと確認しています。特に、低体温は麻酔の覚醒の質や手術部位感染に影響を与えるので、気をつけています。
手術が終わりましたら、麻酔薬の投与を中止します。中止して10分程度で麻酔から覚醒してきますが、すると次第に患者さん自身の呼吸が出るようになってきます(自発呼吸)。自発呼吸の出現を確認し、意識が戻ったら気管に入っていたチューブを抜きます。
なお、気管チューブを抜いた後、「手(足)は動きますか?」と声をおかけします。もしそれがお分かりでしたら、手足を動かしていただけますと、覚醒状況が把握しやすいのでご協力をお願いいたします。
また、尿道カテーテルに違和感をもつ方もいらっしゃるかもしれませんが、通常一日程度で抜去できますのでご安心ください(「どうしても尿道カテーテルが嫌です!」という方は、麻酔科医あるいは看護師にご相談下さい。手術によっては尿道カテーテルを全身麻酔中にのみ留置し、覚醒前に抜去できる場合もあります。)。
患者さんの状態(血圧や呼吸など)が安定しているようでしたら、手術ベッドから病棟のベッドに移動し、病室に帰ります。
ここからは代表的な全身麻酔の合併症について説明させていただきます。
・歯が欠ける、抜ける
全身麻酔中は人工呼吸を行うために、口からチューブを入れる必要があります。この操作時や麻酔から覚醒するときに歯をくいしばってしまい、 グラグラした歯や義歯が損傷することがあります。
・喉の痛みやかすれ声
声帯は気管にある膜で、声を出すのに使います。気管にチューブを入れる(気管挿管)ときや、長時間の人工呼吸で声帯に少し傷がつき、手術後数日は喉の痛みやかすれ声が続くことがあります。
まれに、披裂軟骨と言われる喉の軟骨が気管挿管を行うことにより脱臼し、同様の症状が発生することがありますが、こちらは回復までに時間がかかる可能性があります。
・肺炎(誤嚥性肺炎)
麻酔中や麻酔直後は、胃の内容物が気管内や肺に入り、ひどい肺炎が起きることがあります。 そのため、手術前の絶食・絶飲の指示は必ず守って下さい。
・悪性高熱症
麻酔薬により筋肉が硬直したり、高熱が生じたりする病気です。 このような遺伝を持っている人は2万人から6万人に1人程度ときわめてまれです。血縁の方に麻酔でこのような異常反応を起こした方がいれば主治医あるいは麻酔科医に必ずお知らせ下さい。
・アレルギー
麻酔や手術の消毒などで使用する薬が体に合わなくて、蕁麻疹があらわれたり、呼吸困難になったりすることがあります。
合併症は、十分にお話を伺い、検査や診察の結果をふまえて細心の注意を払って麻酔することで予防できると考えております。しかし、麻酔も医療行為である以上、100%安全な麻酔は存在しません。常に100%安全な麻酔を目指し、我々船橋整形外科病院スタッフは日々研鑽し、努力しております。
当院には10名の麻酔科専門医が常勤しています。そのため、患者さん一人に対して一人の麻酔科専門医が麻酔を担当することができ、麻酔の質が高いと考えています。また、手術中だけでなく、術後鎮痛などにも麻酔科医が積極的に関与しています。これにより、術後早い時期からリハビリを始められ、入院期間の短縮、早期社会復帰につながっています。
また、膝や肩、骨折の手術では全身麻酔に併用して末梢神経ブロックも積極的に施行しております。末梢神経ブロックは、手術をする場所の痛みを伝える神経のまわりに局所麻麻酔薬を投与して鎮痛を得る方法です。末梢神経ブロックを併用して全身麻酔を行うことにより、術中の麻酔薬の使用量を減らすことができるので、薬剤の副作用を軽減できます。また手術中だけではなく手術後も神経ブロックの効果が続きますので、術後数時間から半日は手術による痛みを和らげることが可能です。
A:全身麻酔のあとで吐き気が続き、実際に吐いてしまうこともあります。女性の方や乗り物酔いしやすい方に多く見られます。過去に全身麻酔後の吐き気で苦しまれた方は、吐き気の出にくい麻酔方法や鎮痛手段もありますので、遠慮なく申し出て下さい。
A:全身麻酔による死亡事故は非常にまれで、一般的には0.0003%(100万例中3例)と報告されています。全身麻酔による危険性は極めて低く、現代において全身麻酔は安全性の高い医療行為の一つであると考えます。
A:全身麻酔で使用する薬剤は非常に強力なので、手術中に目覚めてしまうことはまずありません。ほとんどの患者さんは、手術室に入室したくらいまでの記憶しかなく、病室に戻って1時間程度してから記憶がはっきりしてくるようです。
また局所麻酔薬の効きが不十分な場合は、痛くないよう追加しますのでご安心ください。
何か全身麻酔について不安や疑問がありお聞きになりたいことがございましたら、是非、麻酔科医、手術室スタッフにお声かけください。お待ちしております。
執筆者 医師:三村文昭 看護師:金子誠
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